フリーランス保活物語「保育園落ちた、日本しね」から這い出た話

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フリーランスとして妊娠・出産、3回の保活を経験してきました。
暗中模索しながら感じたこと、わかったことの記録です。
保活を無事に終了するまでの短いシリーズ、第2話。

今回は「『保育園落ちた、日本しね』から這い出た話」です。

第1話「『保育園落ちた、日本しね』にすらなれなかった話」はコチラです。

フリーランス保活物語「保育園落ちた、日本しね」にすらなれなかった話
フリーランスとして妊娠・出産、3回の保活を経験してきました。 暗中模索しながら感じたこと、わかったことの記録です。 保活を無事に終了するまでの短いシリーズ、第1回。 今回は「『保育園落ちた、日本しね』にすらなれなかった話」です。

 

 

<前回までのあらすじ>

0歳児育児中の私は、在宅フリーランスの場合
「申請してもどうせ通らないから無駄手間」
「子どもが走り回るまではお家でお仕事しながら育児できる」
と、子育て支援課からの相談員さん(?)に言われたのを信じ
保育園の申請すら行いませんでした。

これを言われたのは子どもが3ヶ月くらいで
・まだ動き回らない
・比較的寝ている時間が多い
ため、すでに(超短時間ではありましたが)割合スムーズに、在宅仕事に復帰もできていたタイミングでした。

そのため「そうか、この調子なら確かに保育園は必要ないかも!」と思ったのです。

しかし、甘かった。
そんなにスムーズに仕事ができていたのは、子どもが6ヶ月になるまでの話。
そこから先は、ただの地獄だったのです……。

 

<子どもが5〜6ヶ月になった頃>

離乳食が始まりました。
あらゆるものをグズグズに柔らかく、裏ごしなどしなければならないため手間がかかります。
しかも離乳食開始の頃は、アレルギー反応が出ないかどうかを確認しながら進めていく必要があるため、食材の確認・チェックなども必要です。
これが思いの外、負担の大きな作業でした。

そんな中
子どもが寝ている時間が微妙に減りました。
さらに活動量が増え、しかも(うまく動けないせいもあり)すぐに泣きます。すぐに私のサポートが必要な体勢になります。
つまり、
集中して仕事できる時間がほっとんどない
という事態に。

「予想(理想)とも聞いていた話とも違う」ということを
子育て支援課の人の訪問から、ほんの数ヶ月で実感しました。

しかし、時すでに遅し。
4月からの保育園の入園申し込みはすでに締め切っており
(支援員さんの訪問の翌週が締め切りでした)
年度途中からの空きなど出るわけもなく。

私の自治体は、一時保育は「4月の時点で1歳半をすぎている子」しか利用できないという縛りがあったため利用できず
子育て支援広場みたいなところで行なっているお預かりは6ヶ月から利用が可能だったのですが
一日の時間制限があり(短い)、月の利用時間にも制限があり(短い)、
そもそも事前登録・数日前から予約が必要で、それはいいのとしても
すでにお仕事している他のお子さんの予約で埋まっていることも多く、空いていないことが大半でした。

つまり預け先がない。

「あ、これ詰んだ・v・」
と思いました。

 

<詰んでからも人生は続く……>

しかし、詰んでいるからと言って立ち止まるわけには行きません。
クライアントさんもいるし
私は仕事がしたいし、何よりお金が欲しいし。

次の年の4月までどうにか凌ぐしかない、と腹を括った私は
削れるものを全て削り、仕事の時間に当てました。

つまり、
睡眠時間・休憩時間・休日
を削りました。

この頃はまだ夜間授乳をしていましたし、
夜間ずーーーっと眠ってくれる感じの子ではありませんでしたので(それが一般的と思います)
寝かしつけは仕事をし、
起きてきたのをまた寝かしつけては仕事をし、
夜間授乳をし、
それから朝まで仮眠をとり。

日中は
赤ちゃんが起きている間は赤ちゃんのお世話、泣いているのを横目に家事、
昼寝中は仕事をし、
そしてまた夜を迎える……。

という、そんな生活を1年ほど続けました。
一日の睡眠時間、ありったけ合わせても3時間なかったかもしれない。

うちは実家が、まぁそう遠くはないところにあり
孫のことは可愛がりたいそぶりはめちゃくちゃ見えていたし、実際可愛がってもらってもいたのですが
私はその両親から、虐待を受けて育ちました。
だから里帰りもしていないし、
安心して見ていてもらうことなど、できるわけがありません。
夫の両親は仕事をしています。
つまり
両実家のサポートも望めません。

ベビーフードを積極的に利用する、などもしていましたが
完全なる卵アレルギーのため、使えるベビーフードが限定的。
マンネリを起こして食いが悪くなるため、利用するにもすぐ限度がやってくる、という感じでした。
(4歳は今でも卵ボーロすら食えません)
(小学校までにはなんとか……なってほしい……)

私は妊娠中、9キロほど体重が増加したのですが(模範的!)
上記の生活を初めて半年で完全に妊娠前の体重に戻り
しかし後半の半年、子の入院での24時間付き添い(自分のご飯を買いに行くことすらできなかった)のストレスで臨月と同じ体重に戻る、という
体重の超上下を体感しました。

そんな中での生活。

この1年で私たち夫婦は、絶対に寿命縮めた。と、今でも思います。
あと、身体の調子を本格的に狂わせてしまった。
上記の体重の急激な増減は、実は子が4歳になる今も続いており
さすがに現在は6キロ幅くらいになりましたが
現在、3往復目を超えたところにいます。
(病院行ったり、人間ドッグとか胃カメラ飲むなどしましたが、異常なしでした)

フリーランスって身体が資本なので
本当に、本当に、こういう無理はできる限り避けたほうがいいです。

保育園がなくても働けたのは私がフリーランスだったからですが、逆にいうと、被雇用者と違って育休がないため、休めない状態でもあるわけです。バランス……!

反吐を吐きながらの、保育園が利用できなかった1年を過ごして
やっと迎えた1歳クラスでの4月。

 

<保育園落ちた>

まぁ、4月になる前からわかってはいたことなのですが
保育園、落ちました。

すでに仕事復帰していて、
体調を崩しているため日頃のお世話・家事もままならない状態でしたが
落ちました。
全落ち。

しかも、どうやら待機児童にすらカウントされていませんでした。

近所の認可保育園のひとつがどうやら宗教に関連したものでして、
その宗教自体にどうこういう想いはなかったのですが
保育方針がかなり独特で(例えば冬場でも、室内では男女とも上半身裸の時間を作る、とか)。
それが無理で、そこを希望に入れなかったんです。

そうしたら、特定の園を希望している親
扱いをされたようで。

うわーーーやベェーーー!!!!

血の気が引きました……。

あとは、すでに見学と申し込みを終えていた、通える範囲の無認可園(3か所しかない)がたよりでした。
しかし見学時の話によると
例年は空きが出ることもあったどの園も、1歳は今年は継続の子達だけでほぼいっぱいになりそう、とのことで……。

空きが出た場合は、単純に先着順。

先着順というと不安も多いですが
雇用されている保護者との間で点数に差をつけられることがない分、フリーランスには無意味な不利がないです。

しかし
認可保育園の発表後も、どの無認可園からも連絡が来ません。

これは……また1年終わったな……
いやでも、倍率が常時の保育よりもえげつないってきく一時保育を多少でも利用できれば……
と、絶望的な目算を始めた3月。

ひとつの無認可園から、連絡をもらうことができました。
「急にお引越しが決まったご家庭があり、空きができました」と。

やったーーーーーー!!!!

しかもそこの園は、無認可園の中でも見学した時に一番「ここがいい!」と思っていた園でした。

若い保育士さんが多いけれどすでにベテランの風格を持った落ち着いた先生が多数見受けられ、
小さいけれど園庭があり、
園庭のフェンスを超えた先にある、広すぎない日当たりのいい公園で遊ぶことができ、
0歳・1歳・2歳の子のお部屋も一応別々で
家庭用みたいなキッチンだけど自園給食で(アレルギー対応可!)
かかりつけの小児科が入っているのと同じ建物にある
という。

完全に、運のよさでした。
運のよさにより、どうにか、「保育園落ちた」を回避することができたのでした。

 

<ほぼ唯一、自治体に感謝していること>

自治体への信頼度、「困ったことがあったら助けてもらえるかも」という期待は
この頃にはすでに、ほとんど残っていませんでした。

”保活”をしたこの年、フリーランスがいかに冷遇され、雇用者と差をつけられているかをまざまざと体感してしまいましたし、
窓口では相変わらず「在宅のフリーランスなら保育園は必要ないのでは」「保育園を使いたいという方がいないので書式も揃ってないので手間があかかりますし」みたいなことを言われましたし。
そして、落ちましたし。

しかし、ひとつだけ、大変に助かることがありました。
それは
無認可園に通わせている世帯に、保育料の補助があった
ということです。

無認可園というと、
世帯収入に関わらず、月に8万とか10万とか、場合によってはそれ以上かかることもザラです。
収入のほとんどが吹っ飛ぶけれど、数年後に仕事しているためにも赤字覚悟で利用する、という人も多いです。

そんな中うちの自治体では
「認可園と同じ保育料になる」よう、補助を出してくれていたのです。

めちゃくちゃ救われました。
これがなかったら、そもそも無認可園を利用しようとも思えなくて、
仕事を辞めていたかもしれません。

大変にありがたかったです。
本当に本当にありがとうございました。

 

<保活は続く……!>

こうして、無事に保育園生活を始めた1歳。
めっちゃ感染症にかかったり(よく聞く話)、
感染症にかかってなくてもアレルギーと小児喘息のアレコレで気づけば週に6日・うち2日はハシゴで病院に行かなきゃいけなかったり(辛)、
とびひがひどいことになって2週間以上も保育園に行けなくなったり
しつつも、
子どももママ・パパも楽しめていた、保育園生活。

しかし、保活は続きます。

なぜならその無認可園は、2歳クラスまでしかない園だから。
「強い情がうつってしまう前に、どうにか認可園にうつりたい!」ということで
保育園に入園がかなったこの年も、保活は続行することになったのでした。

つづく!

 

※夫について※

今日の記事を読んだ方だと「夫はどうした!」って感想を持たれる方も多いと思います。
我が夫はこの頃、実はひどく体調を崩しておりました。

もともと私よりも家事をし、私が何も言わずとも育休を取りたがっていた夫です。
が、職場の都合で育休が取れず、
ちょうど子が生まれて半年くらいの間は、始発で家を出て終電で帰ってくるような生活でした。
そんな中でも最大限に育児・家事ともしてくれていた夫は
私と子どもが体重を増やしていく一方、みるみると痩せていき
半年で10キロ減。

もともと標準体型で、野菜をよく食べ、運動もし、睡眠を大事にし、酒もタバコもしていなかった夫は
子どもが6ヶ月の時、健康診断で「これはやばい」となりそのまま病院に搬送、いくつもの精密検査を受けることとなりました。
その後も毎週のように、いろいろな専門病院もまわり検査を続け……というような感じでした。
夜間に発作のようなものを起こしたりもしました。

怖かった。

つまり、「Q、夫は何してたの?」「A、毎日命がけの生活をしていました」です。

はじめは原因不明だった症状も、
今では原因がわかり(おそらく遺伝に関係する、複数の病気が同時に併発していました)
気をつけて生活さえしていれば日常生活が送れるようにもなりました。

体重も、完全には戻っていませんが
やばかった時プラス3〜4キロで安定していて、生きています。

あの1年は
私も休日なんてほとんどない1年だったけど、夫も同様でした。

あの頃、保育園に子どもを入れることができていたら、私は、もしかしたら、
夫のフォローももう少しできていたかもしれないし、
夫の家事・育児負担も減らせていただろうし、
休日にほぼ夫に家事・育児を丸投げ、なんてこともしないで済んだかもしれない。
そうしたら、あんなに急に複数の病気を患うこともなかったかもしれない。

そんな風に、時々思うことがあります。

これはあくまでifのことだし、
このことで自治体に対してどうこうの気持ちはないのですが(本当に)
子育てしている家族が、もう少しどうにか、生き延びやすい保育政策になってほしいなぁと強く思います。

 

<<今日のtips>>

フリーランスの保活でも、無認可園の見学はマスト!
先着順の可能性を見越し、勝負は「保育園に落ちた」次の瞬間から開始すること。
認可園と違って無意味な冷遇をされない無認可園では、フリーランスでも同じ土俵で戦えます。

お読みいただき、ありがとうございました*^^*

なお
第3話『「優良でも無認可園には通い続けられない」話』はコチラです。

フリーランス保活物語「優良でも無認可園には通い続けられない」話
フリーランスとして妊娠・出産、3回の保活を経験してきました。 暗中模索しながら感じたこと、わかったことの記録です。 保活を無事に終了するまでの短いシリーズ、3話目。 今回は「優良でも無認可園には通い続けられない」話です。

第4話(最終回)『さようなら、保育園』はコチラです。

フリーランス保活物語「さようなら、保育園」(最終話)
フリーランスとして妊娠・出産、3回の保活を経験してきました。 暗中模索しながら感じたこと、わかったことの記録です。 保活を無事に終了するまでの短いシリーズ、第4回(最終回)。 今回は「さようなら、保育園」の話です。

 

やまママ



コメント

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