フリーランス保活物語「保育園落ちた、日本しね」にすらなれなかった話

freelance_hokatu_story フリーランス幼稚園ママの生活
スポンサーリンク

フリーランスとして妊娠・出産、3回の保活を経験してきました。
暗中模索しながら感じたこと、わかったことの記録です。
保活を無事に終了するまでの短いシリーズ、第1回。

今回は「『保育園落ちた、日本しね』にすらなれなかった話」です。

 

出産前

今でこそ、パートタイムなどする身の上ながら「私はフリーランスです」と名乗り、また自負することの増えた私ですが
最初からフリーランスだったわけではありません。

元は副業としてはじめ、
少しずつ収入が増え、
妊娠がわかって本職を退職することになったことがきっかけで、
フリーランスとしての道を歩み始めることになったのです。

本職は被雇用者ではあったのですが、内容はいわゆる業務委託で諸々の保障も大したものではなかったため
正直なところ、フリーランスとそう変わらない感じではありました。
そのため
フリーランスへの転身にも、そう違和感や変化を感じるほどのものはありませんでした。

むしろ
「勤務時間の縛りが消えた! フリー! 自由だー!」
って、喜びが増しました。

この「自由度が高い」点、私には本当にあっていたようで
今もやっぱりフリーランスでい続けたいと思う理由の大半は、この「自由」にある気がしています。

ともかく
妊娠中にフリーランスになり、謳歌していた私は、脳内で
”憧れのフリーランス育児”像を膨らませていました。

スヤスヤと眠る赤ちゃん、
静かな室内に響く、カタカタカタ……というキーボードを叩く音。
時々なく赤ちゃんをあやして、再び寝たところで再び仕事に戻る私。
気づけば夕方になっていて「そろそろ夕食の準備をしなきゃ☆」とキッチンに立つ。
みたいな。

生まれたばかりの赤ちゃんは寝てばかりだと言うし、
それなら「余裕じゃん☆」と思っていました。

私は無痛分娩と決めてもいたので、それなら産後の回復も早いと聞くし
「なんなら産休とかあけてなくても仕事できちゃうのでは????」など思っていました。

 

そして、出産を経て。

思い知ったのは、「あ、これ無理!!!!」ということでした。

初めての出産、右も左もわからず、
夫は故あって取得したいと言っていた有給が取れず、
私の両親は虐待親なので頼れるわけもなく(産後の里帰りもしてないです)、
夫の両親は近くに住んでいないので綿密なサポートを得られるわけでもなく、
……と、言う状態の中。

乳首が「短小」のため(カルテに書かれてた)母乳育児も満足にできず、ミルクの扱いも面倒で、
なんだかもう育児の全てが上手くいかない、そして昼も夜も眠れない細切れでも合わせて2時間も眠れてない! みたいな

そんな中、仕事などできるはずもありませんでした。

とはいえ、そんな修羅の状態だったのも2ヶ月目が終わる頃まで。

3ヶ月目に入った頃からは、少しずつ慣れてきて
赤ちゃんの首も座ってきたので安心感が増し
夜はまだ寝ないけど昼間寝てくれることが増えたので私も体を横にして休めるようになり
余裕が出てきました。

ここで、やっと仕事に復帰できるようになりました!

仕事の量はほんの少しにしていましたが、ほぼ産休明けからの復帰です。(若干量の復帰は産休明け前にしていたのですが……)

ちなみにフリーランスが2人目を授かると、産休明けから預かってくれる保育園なくてもほぼフル復帰しないと上の子が保育園退園になります。これ本当に現実感のないルールですよ……。

で、この頃、自治体の子育て支援課からの家庭訪問がありました。
結果から申しますと
私の1年目保活は、この家庭訪問で終了します。

 

「保育園落ちた、日本しね」にすら、なれなかった私。

 

訪問にて、赤ちゃんとママ(私)の生活について色々聞かれたあと
仕事の話になったんですね。
で、在宅勤務のフリーランスですと話したところ
「じゃあ、保育園は入らなくても大丈夫そうですね!」
と言われたんですね。

「え、そうなんですか・v・?」と、期待していまう私。

「子どもは2歳くらいにならなきゃあんまり運動もしないし、大丈夫だと思いますよ!」
「会社員ではないということですと、保育園の入園も厳しいと思います。でも、それは在宅のお仕事では必要度が薄いからってことなんです」
「入園の申請は、それはそれで手間もかかりますし、お家でのお仕事ということだったら申請はしなくても大丈夫かもしれませんね」
と、いうようなことを言われました。

今から考えれば、全部、全部「ダウト!!!!!!」なのですが、当時の私は
「なるほどーそうなのかー・v・」
って、信じてしまったんですね。

ちょうど3ヶ月くらいの
本当に一番ゆっくりできていた時期だったので、信じちゃったんですよ……。

産前に甘い夢を見ていた私。
「あぁあれは本当に実現可能なんだ、子育て支援課の人が言うくらいだしな!」
と思ってしまったのです。

結果、
0歳児保育に関し、私は保育園の申請すらしませんでした。

このことを後悔するのは、子どもが6ヶ月くらいになった頃。
歩きも走りもしないけど、
起きている時間が増え、よく動くようになり、仕事に集中できる時間などほとんどなくなりました。

あとはいかに睡眠時間を削り、土日祝日を潰すかの勝負です。辛かった……。
絶対に寿命縮めた。

「あー、子育て支援課の人も、子どもについて詳しいとは限らないんだ」
「子育て支援課の人の話だからって信じちゃダメなんだな」
って思いました。

申請しない、と判断したのはあくまで私で、つまり責任は全て私にあります。
でも正直、子育て支援課の人のことちょっと恨んだし
その後引越しをしたので今は違う自治体に住んでいるのですが
保活に関してのフリーランスへのルール・運用制度は同じような感じなので
これはもう、育児するフリーランスそのものへの冷遇・無理解なんだろうなって思っています。

ひいては、全ての出産・育児・産後の母体と乳幼児への無理解そのもの。

最近保活に関するイベントで、
「窓口に行ったけど『どうせあなたの点数じゃ無理だから』って申請すらさせてもらえなかった」
と言うような話を聞くことがありました。

話を聞くまで気づかなかったのですが、私も、それでした。
私の本当の保活の1年目は、「保育園落ちた、日本しね」のラインにすら立っていなかったんだな。と、最近やっと気づけたのです。

そして、あぁ、生活保護の”水際作戦”と同じだな、と思いました。
申請すらさせないこと。
保活については、申請をしなければ「待機児童」や「保留児童」の数として、カウントさえしてくれません
本当は保育園を必要としているのに、必要としていない人として数字に上がってしまうと言うことです。

自治体からしたら「待機児童」「保留児童」の数を減らせるけど
そもそも数字にならないから、対策すべき対象として勘案されず、
つまりいつまでたっても、国や自治体にはニーズの実数を把握してもらえないと言うことです。
こんなに恐ろしいことはないです。

フリーランスで妊娠・出産をする人は、
たとえ子育て支援課の人に言われても、「大丈夫かも」って思いがあっても
まずは保育園の申請を出してください。

4月入所の希望で出さなかったら、保育園の余っている地区でなければ、そのあと丸々1年は、まず保育園を利用できません。
1歳入所は0歳以上に困難だし
2歳・3歳になるまで保育園を利用できない、と言うことにもなりかねません。

もともと被雇用者よりも点数が低くされがちで、育休もないフリーランスは
保育園の入園申請は「する」一択です。

 

<<今日のtips>>

フリーランスで出産後も仕事を続けたい人は、なにはともあれ、保育園の入園申請を出すべし!

 

今日は以上です。

お読みいただき、ありがとうございました*^^*

 

第2回『「保育園落ちた、日本しね」から這い出た話』はコチラです。

フリーランス保活物語「保育園落ちた、日本しね」から這い出た話
フリーランスとして妊娠・出産、3回の保活を経験してきました。 暗中模索しながら感じたこと、わかったことの記録です。 保活を無事に終了するまでの短いシリーズ、第2話。

第3回『優良でも無認可保育園には通い続けられない」話』はコチラです。

フリーランス保活物語「優良でも無認可園には通い続けられない」話
フリーランスとして妊娠・出産、3回の保活を経験してきました。 暗中模索しながら感じたこと、わかったことの記録です。 保活を無事に終了するまでの短いシリーズ、3話目。 今回は「優良でも無認可園には通い続けられない」話です。

第4回『さようなら、保育園』(最終話)はコチラです。

フリーランス保活物語「さようなら、保育園」(最終話)
フリーランスとして妊娠・出産、3回の保活を経験してきました。 暗中模索しながら感じたこと、わかったことの記録です。 保活を無事に終了するまでの短いシリーズ、第4回(最終回)。 今回は「さようなら、保育園」の話です。

 

やまママ



コメント

  1. […] […]

  2. […] […]

  3. […] 第1回「『保育園落ちた、日本しね』にすらなれなかった話」はコチラです… 第2回「『保育園落ちた、日本しね』から這い出た話」はコチラです。 第3回「優良でも無認可園には通い続けられない話」はコチラです。 […]

  4. […] フリーランス保活物語(その1、その2、その3、その4・最終回)で書いてきた通り、 […]